この映画の象徴となる
“坂道”での過酷な撮影

「……あの大嫌いな坂を、あいつは軽々と駆けていった」という薫のナレーションで、現在軸から1966年へ物語の舞台が移る。大嫌いな坂だけれど美しい坂道、大切な人たちとの想い出の坂道が映し出される。映画の象徴的なシーンになる風光明媚な坂道を見つけることも重要だった。選ばれたのは、原作の舞台にもなった佐世保北高等学校前の坂道ともう一つ、緩やかに蛇行する階段を含む坂道だ。道幅は歩幅3歩半。二人並んで歩くのがギリギリで、両脇は民家が建ち並び、カメラや機材を運ぶのも一苦労。撮影環境としては過酷な現場だった。放課後、薫と律子が帰っていく途中、「リッコ! お先!」と薫の頭をポンッと叩き、走り去っていく千太郎。頭に触れるタイミング、ふり向くタイミングなど、階段を駆け下りながらの演技は難しさもあり、テストも含め中川は階段を15回以上駆け下りた。また、薫と律子の会話は台本に書かれたものに知念と小松がアドリブで続けなければならず、二人がNGを出してしまったときは「千、ごめーん! わざとじゃないからね!」と、何度も階段を上り下りする中川に声をかける。そんな何気ない会話からも、薫・千太郎・律子、三人の仲の良さは知念・中川・小松の仲の良さそのものなのだと伝わってくる。この映画を佐世保で撮影している意味はこういうところにもあるのだと、ロケーションの持つ力にも見とれた瞬間でもあった。撮影を終えた俳優たちは、「いつか大富豪になったら、佐世保に別荘を買いたい」(知念)、「引っ越したくなるほど佐世保の町が好きになった」(中川)、「まるで自分たちもここで生まれ育ったような感覚だった」(小松)と、すっかり佐世保の町の景色に魅了され、三人とも「東京に帰りたくない」と名残惜しそうだった。